梅原猛
オーパーツだの時代劇だの・・・そんな話をしていると、この方の話をしたくなる・・。
突然ヤマハから連絡があって、「お盆休みに理事長(ヤマハ音楽振興会)が、南西諸島に連れってくださる」ということで、名古屋からは私と○神さんででかけた・・。
どこからスタートしたのか記憶はないけど、鹿児島空港に行ったのは覚えている(ロイヤル・ホストがあった)。多分1975年くらいだと思う。
そこから、理事長と合流して、フランス料理と日本料理の先生、エレクトーンの○○礼子さんと・・・あと誰だったかなぁ・・。
で、アイランダーという双発のプロペラ機で・・まず屋久島へ・・。
で、翌日は、またアイランダーで諏訪瀬島・・・変換するとこう出たけど、この字だったかなぁ・・・???
そこは、まだ開発中で、絶壁の上に滑走路が一本あるだけみたいな島だった・・(ヤギがいっぱいいた!)。
気流の関係で、ちっとも着陸しない・・。
何でかなぁ・・・くらいにしか思ってなかったけど、理事長と機長は、かなり「ドキドキ」してたらしい・・・。
滑走路から、遠くないところに理事長専用なのか、プレハブらしいけど、けっこう大きな建物があって、そこで休む・・・。
そん時に、推薦?みたいな形で「読む?」と渡された本が梅原猛氏の「水底の歌」だった・・。
これは「カキノモトノヒトマロ(変換できんので・・・)についての推察」だ。
もう、好奇心ムラムラで読んでたら、「持ってっていいよ」というお言葉!
それが最初の出会いだった・・。
南西諸島は、それから台風がやってくる・・・っていうし、そうすると、いつ交通機関が回復するかわからん・・・っていうんで、すぐその夜に「十島(としま)丸」というフェリーで帰った・・。
すんごい時間がかかった・・・。
で、帰ってから本屋に行って、「梅原猛」を探す・・。
「塔」というのを買う・・。
面白い! ほかの人の説を論破?していくからか、読みやすいとは言えなかったけど、でも、法隆寺が持つ何かは十分伝わった・・。
それから「黄泉のオオキミ(字を忘れた)」。これは「高松塚古墳」に埋葬されてる人についての話だ・・。
それから、ずいぶんたってから、本物の古墳をみることができたけど、感動っていうんだろうか、・・自分たちって、ちゃんとした文化を持つ民族なんだ・・・ってすんごく嬉しかった。
雅楽を聴いたときも、そんなん、別に音としては、神社や結婚式とかで聞くから珍しくはないんだけど、確か舞楽で、しかも「蘭稜王(この字だったか)」だったけど、その衣装の美しさ、シンプルさ、感動したっていうか、DNAレベルで何か感じた気がしたのだ。
これは、三天翔のCDの「ボイジャー2号」という朗読の頭で、かぐや姫ご一行の「音」として入っているのと同じ曲なんだ・・。
頼んでそうしたわけじゃなくって偶然なんだけど、不思議なご縁としか言いようがない。
去年の11月25日のボトムでの青木まり子さんのライブ後の打ち上げで、姫路から来ておられた「バンボス」氏に、「ポプコン時代と変わったのはなぜ・・」と尋ねられた・・。
別に変わったという自覚はなかったんだけど、しいて言うなら、こういったことから、欧米とは違う文化を持つ民族ということに、前とはまったく違う「誇り」みたいなものを持った・・・ってことなのかもしれないね。
また、「人麻呂の暗号」という本を・・・これもワクワクして読んだのだけど、そういう話を読むと、半島と日本の近さや交流、漢字の文化も興味深い。
黒人さんたちの「ソウル・ミュージック」から「ロック」とか「ジャズ」から、それらと「アジア」の融合に興味が移ってきたのは、音楽だけの世界にいなかったからだとも言える。
もう、亡くなってしまったけど理事長と、梅原猛氏の本に出会ってなかったら、こういう風には思ってなかったかもしれん・・。
これも「ご縁」か。
不思議だなぁ・・・
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