信用問題

 カセットの整理をしていて、昔の東海ラジオの番組・・「歌は今も谷間に流れて・・」というのが出てきた・・・。


 これは、'78年くらい・・から前後一年くらいのときのだ・・。

 「徳山村」をテーマにした番組でね・・・。


 八事裏山の「伴 よしかず」氏と私とで徳山村の老人会に取材にいって、それをモトに・・・二人のオリジナル曲を要所要所におりまぜて作ってある・・・。

 つまり、何で徳山村かっていうと、すでに当時・・ダムの底に沈む村・・だったのだ・・・。



 最近・・・特番が組まれたりしているけど、あれを取材した身としては、けっこう腹立たしい・・・。


 徳山村の村民の皆さんの持ち山である山へ入る道を、ちゃんと確保する・・っていう約束だったのに、それを作らない・・・。


 道がない山・・って、財産価値もなにもないよ。


 そもそも、補償金・・っていったって、家と田畑の分で、生活補償ではない・・。


 もらったお金で家を作っちゃったら、何も残らない・・。

 先祖伝来の土地があるからこそ、自給自足部分も「あて」にできて、少ない収入でも生活ができる。

 それが、何もないんだから、家は確保できたとしても、未来の生活に関しては、無一文で放り出されたに等しい・・・。

 特集番組を見ていて、福岡の生活保護打ち切り・・・に似ていると思った・・・。


 また、どこやらの自治体が売り出した値下げしない土地のはずが、半額になっちゃった話にも似ている・・・。

 また、C型肝炎の話にも似てるね・・・。


 つまり、民間が約束を守らないと、どえらいことになるんだけど、お役所が守らないことに関しては、被害をこうむった人にしか切実さはないわけで、けっこう泣き寝入りになる・・・。



 特集番組では、ダム湖に2台くらい車が乗っても大丈夫な船みたいのを作る・・・ってお役人が言っていた・・・。

 村民側は納得しない・・・。

 当然だよね・・・。

「おおやけ」の団体と約束したって、反古にされるんだから、信用なんかできるわけないわ・・。

 それに自由に出入りできないわけでね・・・。






 徳山村には、たくさんのわらべ歌があった・・・。


 「ゆい」という青年会・・みたいのがあって、そういうところからカップルが生まれた・・・。

 また、家の田畑が離れていて、農作業期間は、家ではなく山小屋みたいなところで寝泊りする・・・。

 また、女性は、そんな山小屋みたいなところで一人で出産したらしい・・・。


 「女工哀史」みたいに、15歳くらいで、一宮の繊維工場なんかに働きに出る・・・。

 長男は、田畑の相続でなんとか生活できたみたいだけど、次男三男となると、そうはいかない・・・。

 厳しい・・・・。


 また、愉快な話もあった・・。


 夜這いの風習があったのだ・・。


 しかし、今みたいに、何でもいい・・ってわけじゃなく・・・


 忍んで行っても、女性が嫌なら騒ぐから成立しないわけで、夜這いが成立するってことは、すでに相手も憎からず思ってる・・ってことだ・・。


 失敗すると・・・いたずらで、相手の玄関に蛙や蛇をぶら下げたりもしたらしい・・・。


 「歌は今も谷間に流れて」の締めくくりは、当時の村長さんの話で、・・

「徳山に来た人は、《自然がいっぱいですねぇ》とか、《いいところですねぇ》とか言うけど、生活条件は厳しい・・。だけど、おじいさんおばぁさんは、ここにいたいの。
   《ここで死にたいんだよ》・・・・」

 番組は、ここで切れてエンディングになり、私の「うまさか峠」の歌に入る・・・。



 新しい場所に馴染めず、たくさん自殺者が出ている・・・。


 もう、30年もよくわからんお役所仕事に悩まされてる格好だ・・・。


 そもそも、徳山ダムは必要だった?


 そんな疑問も出る・・・。


 それにひきかえ、・・・山田洋行の話なんかは、別世界だ・・。

  そんなところで無駄になったお金・・・、徳山の皆さんに回っていたら・・・自殺者が半分になってたかもしれん・・・。




 政治・・って、ほうとうに・・・信用できん・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・